定例会報告

今回はこんな定例会でした-病気と家族・お金・住まい-2016年12月17日(土)

2017/05/10

年末ということもあり、今回は少人数での定例会でした。

  • jiroさん:代表兼、ファシリテーター(司会)
  • Mさん:前回定例会にも参加、今回は会の後半から参加。男性
  • kan:わたくし。ここ最近、会の常連。ひまじん。

 

 

場所はいつもの「スタジオTera-coya」。

今回の会で個人的に思ったことは

「jiroさんってもうちょっと報われていいんじゃないか?」

ということです。

それも含めて、今年最後の定例会のご報告です。

 

会の前半は主にkanの愚痴でした... 「病気と家族」「お金」「住まい」

わたし(kan)とjiroさんの2人で定例会スタート。

話題は「病気と家族」について。

 

というか、最近ことあるごとに病気のことで妻と衝突してばかりなんです、わたし。

で、その愚痴をjiroさんに聞いてもらいつつ、

「結局家族でも、精神的な疾患って受け入れられないよねー」

というような話をしておりました。

 

「うつ病はこころの風邪」

なんてことをよく耳にしますが、あの言葉、わたしは好きではありません。

うつ病をはじめとする精神疾患とは風邪よりもっと根が深く、もっと長期的、そして回復の見込みも悪いです。

はじめはみんな親身になってくれますが、長い闘病に本人も家族もうんざり、嫌気が差すのが実情です。

「老人介護」

この言葉が一番近いですね。

 

特に小さな子供がいる家庭で配偶者が精神疾患を患うと、「愛」だけではどうしようもなくなる時が必ずきます。

そんな時なにが家庭を救ってくれるか?

「お金」なんですね。

「愛」を「お金」で買えるとは思っていません。

ただ、長期的な精神的・肉体的「疲労」は、確実に夫婦や家庭内の「愛」を削り取っていきます。

その「疲労」を「お金」で軽減すること、これは可能なんです。

 

我が家の場合は、仕事・家事・育児、全てを妻がまわしてます。

さらに「愛」で夫(わたし)のことを思いやる余裕なんてないんですね。

でも精神疾患とはまわりの思いやりがなければ悪化の一途をたどります。

これが夫婦関係の「詰み」状態ってやつです。

でももしお金で、仕事・家事・育児のいずれかを軽減できれば、この閉塞状態を解除できます。

 

いくら必要か?

これはあればあるほどいいです。

逆に言うと、今の収入(妻の給料 + わたしの障害年金(厚生2級))では、まったく足りません。

実際に、今の状況が更に悪化するようであれば、「子供と妻」を生かすために、わたしを家庭から切り離すという案も出てます。

わたしはまったく使えない父親ですが、それでも父親です。

そういった手段を使って、子供を悪化した環境から脱出させる責任はあります。

離婚をすれば障害年金の受給金額も大幅に減ります(妻子がいると加算されます)し、その状況で生活していけるか?

というよりまずは住むところがあるか?

年金暮らしでも運よく部屋を借りることができたというjiroさん曰く「難しい」とのこと。

ここも結局「お金」次第なんですね。

 

障がい者に対する姿勢として、やたら「愛」や「ボランティア精神」的なものを説く人たちがいますが、やめてもらいたいです。

「障がい」とは「できないことがある」ということです。

できないことをなるべく自由にできるようになるために必要なのは、間違いなく「お金」です。

 

歩けなければバスを使う。

タクシーであればもっと自由に移動ができる。

専属運転手と車があればさらに自由に...

 

そんな感じです。

少なくともボランティアでわたしの専属運転手になる人はいないってことですね。

 

もちろん無償の精神でなにかしてもらうことは、うれしいですし、ありがたいことです。

ただ、障がい者の「できないこと」を「できること」に変えるには、「お金」が不可欠であり、「できないこと」が多すぎると、生活すらままならず、死に至ることもある、ということは健常者の方々に知っておいていただきたい重要な事項です。

 

会の前半はわたしのこんな意見を、jiroさんがひたすら聞いてくれました。

 

会の後半、Mさん登場。jiroさん再び聞き役に...

前半はわたしの愚痴話が大半を占め、少し疲れたため休憩をはさんで後半へ。

2017年の新作アニメの話しを少ししていたところ、Mさんが「最近読んだ本」を持って登場。

『指名される技術』

「ほりえもん」こと堀江貴文さんと、「シーマン」というゲームを作った斎藤由多加さんが書いた本とのことでした。

前回の定例会ではあまり話す機会がなかったMさんですが、色々な本についての造詣が深く、本の内容に絡めて話すご自身の考えは、聞いていて「なるほどな~」と思うところが多かったです。

なんというか着眼点が独特なんですよね。

そんな感じで後半はMさんの話しに対してわたしがいろいろ質問をして、jiroさんはそれを見守りつつ会の進行を務める、という形でした。

 

jiroさんがもっと報われるべきだ!おれが場作りすべきじゃね?と思った経緯

今回の定例会に限らず、jiroさんは会の運営・進行を努める立場&人がいいので、どうしても聞き役や中継役的な立ち位置で参加者のサポートにまわっちゃうんですよ。

でもjiroさんだって、きっと自分の好きな話をもっとしたいと思うんです。

jiroさんの好きな話といえば、アニメをはじめとするオタ話。

心ゆくまでオタ話できることが、jiroさんの望みではないかと。

ってか、jiroさんがこの会を立ち上げた目的の一つは、そういった場や仲間が欲しかったからのはず(と勝手に思ってます)

 

ただ、今までお会いした定例会の参加者の皆さまを見る限り、この会の参加者の「オタク度」は低いのが現状。

そんな中、まわりに遠慮せずオタ話をするってのもはばかられますよね。

するとどうしてもjiroさんが報われないって状況になるわけで。

 

であれば、COMBOの活動の一環としてではない、あくまでオタク趣味の集まり的な会を定期的にやればいいんでないかと。

(COMBO:地域精神保健福祉機構)

 

jiroさんの負担が増えないよう、ほかの誰かが主催する形で。

 

ほかの誰かが問題なわけですが、

  • オタク
  • 時間に余裕がある
  • jiroさんとある程度顔なじみ

といったら、わたしかなぁ。なんて思ったんですね。

わたし自身、当事者会よりもっとゆるいオフ会的な場が欲しいですし。

お菓子食べながらアニメ鑑賞的な。

仮に開催したとして、当分はjiroさんとわたしの2人くらいしか人が集まらなそうですが、それはそれで楽しいのではないかと。

 

まぁ、これはあくまでわたしが思いついたに過ぎないことなので、次会定例会の時にでも相談&詳細を考える必要がありますが。

そもそもjiroさんが乗り気でなかったら、わたしボッチですしね。

逆に参加者の方や、このサイトを見ている方の中で、乗り気な人がいらっしゃったら、とても心強いですし、うれしいです。

 

まとめ

少々長くなりましたが、以上が今年最後の定例会の報告でした。

今年一年間はこの会で話しを聞いてもらったり、いろいろ教えてもらったりと、「もらってばかり」でした。

来年はオフ会等々、何かお返しができる年になればいいな、と思っております。

今年一年間、お疲れ様でした。

来年もよろしくお願いいたします。

Alexas_Fotos / Pixabay

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